SF小説「息吹」は、脳に良い
2019年はSF小説のアタリ年だった、と言っても過言ではないだろう。
「"脳に良い2019年生まれSF" 打線」が簡単に組めてしまう。
「ああ、なんと良いー年だったんだろう。思い返せばアレもアレも面白かったな、来年はどんなSFと出会えるのだろう」
そんなことを考えていた 2019/12/04 に、テッド・チャンによる「息吹」は発売された。
私( Twitter: @_329_)の中で上がっていたハードルを易々と超えて、1冊の小説が打線に加わることとなる。
この記事の3行まとめ
- テッド・チャン「息吹」を読み終えた
- 「息吹」はセンス・オブ・ワンダーを過剰に接種できるので、脳に良い
- 「息吹」は短編が苦手でなければSF初心者にもオススメ
「息吹」概要
息吹は、テッド・チャン(訳:大森望)によるSF短編集である。
作者について
テッド・チャンについては、映画クラスタには「メッセージの原作者」と言うと伝わるだろう。
「息吹」は、そのテッド・チャンによる2冊目の本である。
テッド・チャンは寡作だが、非常に多くの賞を受賞している作家として知られている。
訳者によるあとがきに詳しく書かれているので、デザートとして楽しみに読んで頂きたい。
「息吹」収録作品について
「息吹」には短編が9本収録されている。
下記は私が物語中から読み取れたSF的・哲学的テーマで、ネタバレを避けながら列挙されている。
- 商人と錬金術師の門
時間
- 息吹
秘密(ネタバレ回避)
- 予期される未来
自由意志、決定論
- ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル
AIの社会参入、AIの責任
- デイシー式全自動ナニー
人格形成
- 偽りのない事実、偽りのない気持ち
ライフログ、記憶、脳機能
- 大いなる沈黙
知的生命体
- オムファロス
若い地球説
- 不安は自由のめまい
並行世界
「息吹」のココが脳に良い
センス・オブ・ワンダーを過剰なまでに接種できる、この一言に尽きる。
人間の心は「不思議な感動」や「異なる角度でモノを見ることができるようになる刺激」を常に求めているし、脳は組み立ててきた窓や眼鏡が崩壊する快感を求めている。
「息吹」はそんな症状に聞くセンス・オブ・ワンダーが詰まったサプリメントで、どれだけSF小説に触れていても用法用量を守ることは叶わないだろう。
「息吹」1冊に含まれるセンス・オブ・ワンダーの量は、「息吹」1冊分だぜ。
短編「オムファロス」について
特にセンス・オブ・ワンダー含有量が多いのは「オムファロス」で、
この短編を読むとコペルニクス的転回が読者の中で何度も発生する。
世界の根底が科学によって覆る際の不思議な感動を、何度も味わえるのだ。
現実でこれに近い快感を得ることができるとしたら、「P≠NP予想の解決」などだろうか。
答えがどちらにあったとしても、世界が足下から崩壊するような感動を味わうだろう。
ここに
「地球外知的生命体探索中に発見した異星からの信号を解析するうちに、人類が紡いできた論理の根本に間違いが発見されて解決に進む」
という調味料が付くとSFっぽさが出てくる。
人類は自らの知性をによってこの問題を解決できなかった、という失望は何をもたらすのだろうか。
「オムファロス」で得られる快感は「星を継ぐもの」で得られるものに近いように感じた。
「星を継ぐもの」は噛みごたえ充分なハードSFであり、そのラストに込められたものと同じ種類の(大きさも負けていない)感動を短編に凝縮している「オムファロス」は、間違いなくあなたをセンス・オブ・ワンダー中毒にするだろう。
短編「予期される未来」について
「予期される未来」で取り扱うテーマ(自由意志、決定論)は、哲学を齧っているだけでも様々な場所で議論や主張を目にするものだ。
「予期される未来」は哲学的な問題に対する解を空想科学によって叩き付けてくるタイプの作品で、
こういう技術が登場したら、自由意志は〜と証明されるけど耐えられる?そのとき、あなたの考えはどう変わる?
こんな問い掛けが込められている。読んだ後には思考実験をしたくなるだろう。
「予期される未来」が素晴らしいのは、この議論に結論を与えるフィクション成分が非常にコンパクトである点だ。
「こんな小さなアイテムで、私の道徳や意識は窮地に立たされるのか」と驚愕するに違いない。
「息吹」はSF初心者にもオススメなのか
大学の購買部でSF特集が組まれていたのを切っ掛けに、私はSF小説を読み始めた。
最初に手に取った小説は少し読み進めたところで「読み難さ」のようなものを感じ、読み終えぬまま本棚の肥しとしてしまった経験がある。
その他の小説と比べた時に、独特な読み難さを感じる要素があったのだ。
私自身まだまだSFファンとしてはフェザー級なのだが、
(現時点では)「SF初心者にもオススメできる作品」には
- 主題が示されるまでが短い
- 主題が分かりやすい
- 登場人物の描写に割かれる文量が他のジャンルとかけ離れていない
こんなものが求められるのではないか、という仮説を持っている。
「息吹」について(定性的ではあるが...)評価してみると、
- 主題が示されるまでが短い(短編のため)
- 主題が分かりやすい(有名なテーマでラベル付けできる程度には分かりやすい)
- 登場人物の描写に割かれる文量は、他ジャンルにおける短編と同等
以上から、私は「息吹」はSF初心者にもオススメできる作品であると考えている。
懸念点があるとすれば、「短編集である」という部分くらいだろうか。
絶対長編派の方に紹介したいSF小説も山ほどあるので、心配は無用なのだが。
このブログ記事に影響を受け「息吹」を読んだ方の手に、
現代を生き抜くための良い武器が届くよう祈りながら筆を擱くこととする。